かつて日本各地を走った寝台列車は、列車名に夜空の星を由来していました。新幹線の発展、利用者減少、車両の老朽化などの理由で、星が1つずつ夜空から消えていきました。あとは日の出「サンライズ」を待つのみです。
そう考えると、震えが止まりませんね。
寝台列車、なかなか便利な存在ではないでしょうか。東京でチェックインをして、関西・岡山・山陰・四国でチェックアウト。(またはその逆)それから出張や旅の続編が始まります。僕も帰国前の1年間で、4回もサンライズに乗って、自分の国のより日本の寝台列車に乗る回数のほうが多かったです。博多まで寝台列車がないものの、新幹線と組み合わせれば、思いのほか便利なのです。
これまでの日本の寝台列車、そしてこれからの日本の寝台列車の展開を、少し考えてみたい。
久々に「鉄道150周年を盛大に祝う」シリーズを書きます。本当は日本に留学しているうちに全部書き終えたかったところですが、本業が忙しくて、なかなかブログに充てる時間がありませんでした。
今までの記事一覧
1. 導入 (なぜなら200周年のときには何も無くなるだろう)
2. 終わりなきトラブルへ、不満鉄道
3.合理化の話
3.1 合理化は続くよ、どこまでも。
3.2 一番地味な鉄道会社が最適解だろうか -鉄オタのわがままな心も加えて-
合理化の観点の続き…
合理化とは、余計なもの、効率の悪いものを、どんどんシステムから消していくこと。夜行列車がどうして効率が悪いかといえば、乗務員がずっと夜間で仕事をしなければならないし、保線に貴重な夜間の作業時間が減るという欠点もある。でも、夜中の本線には一定の貨物列車も走っていて、寝台列車数本ぐらいなら、そこまで保線の手間が増えることはないだろう…(むしろ貨物列車の方が負担が大きいでは?)ただ、貨物列車と違って、より乗客の安全を確保するための乗務員がたくさん必要で、乗務員もずっと夜中に働きたくないだろうから、夜間だけの人材の確保は困難だろう…
もうひとつあるとすれば、広域に遅延の影響が広がることも懸念されている。長距離列車と通勤列車が同じ線路を共有していると、やはり通勤列車も長距離列車の遅れの影響から免れない。通勤列車の遅延も日本の社会にとっての大問題なわけだ。
車両の都合…
ここ10年ちょっとでブルートレインが姿を消したひとつの理由は、車両の老朽化とだ言われている。14/24系ブルートレインは1970-80年代の車両で、機関車も同じ年代である。よって、2010年代になると車両も置き換えの時期を迎える。なら新しい機関車・客車を作ればいいが、それが実現せずに多くの車両が引退してしまった。
でも、北海道方面の寝台列車は、北海道新幹線開業でいずれか新幹線にバトンタッチされると分かりながらも、北斗星・カシオペア用の機関車が2010年に新造された。
時間がひとつのカギ?
列車の廃止のひとつの理由は利用者が減ったことにある。寝台列車に限らず、特急や普通列車もこの理由で削減されている。誰も乗らなきゃ運行エネルギーの無駄じゃん…の話は前々回でもじっくり話したが、特に寝台列車の利用者が減った要因を、少し考えてみよう。
時間がかかって、新幹線の方が早くて便利…もそのひとつである。いや、朝一の新幹線より、前夜に寝台列車に乗った方が、目的地に着くことの方が多いはずだ。例えば、姫路から東京へ向かう場合は、23時半にサンライズに乗り込んで、朝7時に東京に着く。新幹線によって寝台列車が淘汰されるかと思いきや、実は博多から20時50分の新幹線に乗って、姫路でサンライズに乗り換えて、朝7時に東京に着ける。これ以上便利な手段はない。
新幹線以外にも、寝台列車の利用者が減るのを助長する要因がある。それは駅前の格安ホテルが増えたことだ。双方の滞在時間を最大にするには、寝台列車・または夜行の乗り物が最適解に違いないが、朝7時に東京についても、特にやることが無いからだ。まして、寝台列車の値段設定も格安ホテルに負けてしまっている。ソロ個室でも新幹線から料金が6600円加算されている。だったら、最終新幹線(or飛行機)で東京へ向かって、駅前ホテルで寝て、朝7時に強制チェックアウトされることもない。しかも時々朝食バイキングが付いているから、格安ホテルのほうが圧倒的に有利ではないか。
日本は電車大国、機関車に興味無し?
時間が負ける話をすると、機関車牽引の寝台列車においては、これが最大の問題となるだろう。機関車は速度も加速度も遅く、運用の面にも制約があるから、ここ10年で客車列車がたくさん減ったのも、時間に負けていたからであろう…
いや、実は客車列車こそフレキシブルである。利用者が季節によって変動するなら、すぐに減車・増車で対応できるだろう。機関車も旅客列車以外の運用に回せるのだ。諸外国でも機関車牽引の旅客列車がたくさん残っているのに、日本はもう、合理化の観点から保守用車両すら機関車を無くそうとしているので、ちょっと残念に思われる。新幹線が発展しているのを言い訳にしたいところだが、機関車が残っている諸外国のうち、高速鉄道がバンバン走っている国もある。
ただ、減車・増車の手間、機回し作業の手間を「時間の無駄」として読み取るのなら、時間こそ最大のカギになるだろうか。
でも、日本は機関車がガンガン走った頃からでも、581/583系といった電車タイプの寝台列車が登場している。その次世代がサンライズだが、サンライズが出雲・瀬戸だけで終わってしまった理由はあるだろうか…
民営化でできた壁
サンライズは東京から出雲・高松まで運転されている。東京から高松の場合、東日本・東海・西日本・四国の4社もまたがって運転される。特に東海管内はほぼ誰も乗らないのに、線路使用の関係で、東海もサンライズを2本保有することになっている。だから、東海がいちばん損しているだろう。
それなら、JR貨物のように、車両と乗務員だけ持って、線路は別の主体が保有する形ではできないだろうか…
日本の鉄道における民営化の方法についても、いろいろな観点から考察することができる。経営が円滑になるように民営化すること自体は間違っていないが、線路まで地域別に分割するのは間違っているという結論も出せる。また今度お話ししよう…
結論
時間というパラメータが、ひとつのヒントになるだろう。ただ、これは新幹線のほうが早くて便利だけではなく、駅前には寝台列車より安いホテルがたくさんあるから、寝台列車が負けてしまっている。寝台列車がそもそも新幹線より高いのも、なんだがおかしいと思わないか。時は金なりというなら、新幹線のほうが寝台列車より高くするべきだが、寝台列車の値段はいろいろと上乗せされて計算されているから、どうしても下げられない部分がある。この点に関しては民営化後も、古臭い運賃の法則が引き継がれてしまっているという欠点があると言えようが、また次のエピソードに回す。
時は金なりといえども、時間がかかるからこそ、楽しめたものがあり、それにも価値があると僕は思っている。例えば、東京方面に乗れば熱海で、四国方面に乗れば瀬戸大橋の上で「日の出」を楽しむことができる。それは最終新幹線に乗って、駅前のホテルで泊まるときには体験できないから、夜行列車の価値は「車窓」にもあるのだ。
今までの日本はあまりにも「時間」にうるさすぎたからか、時間がかかるものも「効率が悪いもの」と見て、夜行列車、機関車牽引の列車といったものが、合理化によって淘汰されてきた。でも、このまま「時間にうるさい」考え方をずっと求め続けると、何もかも無くなるのではないか… 話が展開しすぎて、今回はここまでにしておきたい…
唯一の存在になった今こそ…
ここ近年、サンライズが唯一の日本の寝台列車として、鉄道系YouTuber以外でもたくさん紹介されており、それらの動画も鉄道系YouTuberの動画より多い視聴回数を得ている。だったら、寝台列車の知名度が低いはずもなく、乗ってみたい声もあちこち聞こえる。
今まで出したサンライズの動画